動労千葉を支援する会の志水さんを講師に迎えての公開講座が成功裏に終わりました。
講師の実践に基づく講義は明快で、動労千葉労働運動の本質を簡潔に明らかされました。 参加者は講師の提起に熱心に聞き入り、質疑・応答、意見表明も活発に行われました。
現在、本講座をパンフレットするための準備を進めています。
動労千葉を支援する会の志水さんを講師に迎えての公開講座が成功裏に終わりました。
講師の実践に基づく講義は明快で、動労千葉労働運動の本質を簡潔に明らかされました。 参加者は講師の提起に熱心に聞き入り、質疑・応答、意見表明も活発に行われました。
現在、本講座をパンフレットするための準備を進めています。
理論で概念の学習だけでは正直ほとんど理解できないのですが、参加者の討論をとおして 考えると、わかることがたくさんあります。
"労働に服する"ことをめぐる問題意識。
合理化が労働強化になっているという見方、
賃上げ要求の是非や中身("分配""内部留保") etc...
"労働者が生きていくためにはカネが必要"という資本主義社会の現実があるから、毎日8 時間も9時間もはたらいても生活が安定しない、将来への不安がぬぐえないし、労働その ものが"生きるために仕方なくやるもの"になっています。そのことが"資本主義じゃな なったったら人間は怠ける""社会の衰退を防ぐために強権的支配になる"という誤った共産主義のイメージにつながっているのだと思います。
"カネがなければ生きられない"というおどしにふるえあがり、命を削って賃金奴隷にな るのが労働者のあるべき姿ではありません。
資本主義であるかぎり、労働者同士も奪い合いをさせられます。資本主義を打倒するこ とが必要だとあらためて感じています。
全3回シリーズの中で、一番わかりやすい回でした。
「実質賃金が上がっても、労働者の社会的地位は低下する」という指摘は重要だと思いま した。賃金が上がっても物価が上がったり増税されると、労働者は豊かにならず、より多く労 働しなければなりません。
日本が高度成長期だったときは、「会社あっての自分」と労働者が思わされ、「賃労働と 資本」の関係が見えにくくされていたと思います。 そして不況になると「会社がつぶれてもいいのか」と恫喝する資本。
本当に資本と労働者は非和解です。
3回の講座を通して、資本と労働者は非和解であること、労働条件の改善も闘いなしには 実現しないこと、労働組合は労働者階級全体の利益を考えなければならないこと、をつかめ たと思います。
「労働者は、自分の生命と健康を無条件で売り渡しわけではない」(レジュメ7頁3行目)。 この一節は、非常に重い言葉であると思います。労働者は、本質的に責任感が強く、無理 をしてでも乗り切ろうとするものです。私自身をも、目の前の貧困から逃れるために安易に ダブルワークに手を出したことが何回かありました。少しの無理は、その場を乗り切るこ とが出来ても、長期的にはダメージをもたらすことを実際に体験しました。
具体的言えば、睡眠時間の削減とリズムのズレです。驚くほど集中力が低下します。今と なっては昔話で済んでしまっていますが、労働組合運動を展開し、労働者を組織していく 立場として、これからは過重労働の問題について真剣に捉え返していきたいと思いす。
討論の中で出た「労働には``服する''という概念があるのではないか」という意見。これに ついては、私も無意識に職場の空間において陥っている感覚があります。最も重要なのは、 私たち(労働者階級)は紛れもなく資本主義社会の中で生きていることです。資本主義社会 における労働のイメージが、正に「服する」ものであることの当然の帰結です。だからこ そ、労働者の展望する社会と、それをつくっていく労働者自身の力に全てをかけきりたい です。
労働現場からの貴重なお話が聴けてよかったです。正規職を減らして 非正規職を増やしていく、始業時間前に来なければ仕事が回らない という実態は、どの業種にもあるのでは、と思います。
職場に団結をつくるためには、仕事をしっかりやることが大切だと 改めて認識しました。動労千葉は、仕事で楽をすることが労働運動 だとは考えていない。仕事をきちんとやらない労働者に本当の怒りは 出てこない、と資料に書かれているのを読んだことがあります。
私も、動労千葉労働運動に出会わなかったら、自分の仕事への誇りも 持っていなかったと思います。社会を動かす労働者として仲間と団結し、 新自由主義を倒したいです。
みんなから意見が出たように、日々働く中で実感した階級的労働運動(動労千葉 労働運動)の提起がものすごく学ぶところが多かった。
わかっているようで、わかっていないテーマ「しっかり仕事をする」の内容が かなり深まった。合理化との闘いも、労働を労働者が支配する---労働者が社会の 主人公の誇りを持って労働組合で団結して「``しっかり仕事をする''」日常的職場闘争 にすることで展望が開けると思えることができた。 (資本に合理化の矛盾をつきつけて責任をとらせる。)
職場の仲間と団結することの難しさと重要さを動労千葉の闘いと、現場の闘い から卒直な形で提起されていたのは、とても大事なことだと思いました。
大きくは事務系の職場でのとりくみとして言われていたことだと思うのですが、 大学における攻防にとてもよく似ていると思いました。「命に直結するわけじゃない」 などと合理化・切り捨ての対象にされているのは、課外活動やサークルが切り捨て られていることと同様でしたし、最近は大学の学生課(直接団交したりする相手ではあり ますが)自体が、マニュアル等もなく配置換えで総とっかえになり、全然仕事ができなく なっているのをひしひしと感じます。
最近の交渉では当局がこちらに色々課外活動のあり方などに聞いてくるような状態です。 こうした状況に対してサークルの団結に基づいて、大学職員の人員増などもこちらから 訴えながら闘っています。「しっかり仕事をする」というのは、学生・サークルにとって は「サークル員の命や生活を守る」ことだと思いますが、当局もよくそこを突いてきて、 「学生・サークル側には仲間に責任をとれないんだ」として攻撃してきます。 常日頃からの団結がこうした形で問われるということを考えながら闘っています。 新自由主義職場・大学のあり方は本当に一つになってきていると思います。連帯して 闘っていきたいと思います。
また議論の中で出てきた、「しっかり仕事をする」からこそ、闘争課題もはっきり してくる、という内容は重要と思いました。